リクはヘンな男の子だ。
僕はリクと一緒に絵を書くのが仕事だ。
リクと僕は、ひとつの机で頭がくっつきそうなほどひっついて絵を描くが、おしゃべりは殆どしない。
リクは痩せこけていた。
姿勢が悪く、おなかだけがぽっこりと出ている。
額は広く、まばらに生えた眉毛は低い鼻の上のほうでつながりそうになっていて、間の抜けた顔に見える。
手足はひょろ長く、皮膚の柔らかい部分がカサカサと乾燥して、いつも粉を吹いていた。
三白眼気味なリクは、下から睨み上げるようにひとを見る。
つまり、リクは、大人たちに、かわいげのない、醜いこともだとおもわれていた。
リクがここに来た理由を僕は知らない。
リクや僕が描いた絵は、高値で大人たちの間で取引される。
僕達は、卵を産む鶏のように、画用紙を埋め続ける。
噂だが、絵の売られ方にもいろいろあるようで、芸術的には価値が疑わしい絵だって、しっかり売れてしまう。
僕はそこそこの腕、そこそこのアガリで、大人にも受けが良かった。
そのおかげで、ひとより多くパンがもらえたり、少しの夜更かしが許されたりと、ちょっとした特典にありつけた。
リクは逆に、意地悪をされることが多かった。
僕はそんな時、いつも知らん振りを決め込んでいた。
関係がないと思ったし、実はリクの絵が僕よりも売れることが妬ましかったのもある。
そう、嫌われ者のリクの絵は、ここにいる誰の絵よりも高く売れた。
リクは確かに絵がうまかった。
それよりも何よりも、リクの絵が高く売れるのは、リクが「かわいそうなこども」だからだ。
ここにはかわいそうなこどもがたくさん集められているけれど、その中でもリクは一番かわいそうな子供なのだ。
大体かわいそうなこどもというものは、始終泣き喚いたり、床に頭をぶつけたり、友達を窓から突き飛ばしたり、とんでもないことをやらかしてくれるので、皮製のベルトでぐるぐるに巻かれて、それぞれの部屋の壁にくくりつけられているものだが、リクはそんな行動が一切なく、ベルトを巻かれることはなかった。
ベルトのことを、僕達はふざけて、皮のドレスなんて言ったものだけど、リクは一度も皮のドレスを着たことがなかった。
けれども、リクは、一番かわいそうなこどもなのだ。
だから、リクは、よくわからない。
こうして絵を描いていても、何を描いているかわかりやしない。
リクは画用紙を真っ黒くクレヨンで塗りつぶしている。
クレヨンの脂くさい匂いがする。
リクは夢中でクレヨンを使っているようだ。
ぼくはリクの手元をちらちらと盗み見ていた。
リクは、真っ黒く塗りたくったクレヨンを、爪で二箇所こそげ取った。
真っ黒な画面に、白い点が二つできる。
その時、リクと僕の目が合った。
リクは、僕が絵を見ていたことに気づいたに違いない。
僕はごまかそうと、ムリにリクに話しかけた。
「や、やあ、いつも通り素敵な絵だね。今度のは何を描いたんだい?闇に浮かぶ目?悪魔の目かな。それとも人魂?」
リクはクレヨンで真っ黒に汚れた手を振った。
「違う」
「え、何なんだい?」
「星」
そう言われてみたら、夜に浮かぶ星に見えないこともない。
リクはもう俯いて、またクレヨンを持っている。
襟から、リクの身体の継ぎ目や、かぎ裂きがたくさん見えた。
半分腐った指が、器用にクレヨンを持っている。
「星なんだね」
真っ暗な空に浮かぶ星。
クレヨンで塗られた闇に、爪で刻んだ星が増えていく。
なんだ、普通の絵じゃないか。
僕はそう思ったけど、やっぱり口には出さなかった。
それから、やっぱりリクはヘンな子だな、と思った。