煙草

「ほら、早くしてよ」
 泥酔した友達に肩を貸して、居酒屋を出る。
 大人数のコンパ、はめを外した若者ならぬバカ者は、他にも大勢いる。
 私は酔えない酒を飲み、酔っ払いの面倒を見ていた。

 追い出されるように居酒屋を出て(店の人の迷惑そうな顔といったらなかった)、大きな通りに出た。
 そこに屯して、口説き損ねた女に言い寄る男、しなだれかかる女の化粧は少し崩れているし、一様に酒臭い。

 くだらない。

 どうして私がくだらないと思いつつ、コンパに出席したかというと、それは今も視界の端で、女の尻を撫で回している男の存在があったからだ。
 そいつは、しゃがみこんだ友人の背中をさする私をちらと見て、薄ら笑いを浮かべた。

 どうせ身体だけの関係なのに。

 はじまりは唐突で、かつ最もくだらなかった。
 仲間で飲んで、雑魚寝して、あいつは私を背中から抱きしめた。
 私はその腕を振り払えなかった。
 みんなの寝息が聞こえる静かな部屋の中で、息を殺して寝たフリをした。

 いいだろ、と彼は言った。
 嘘も蹴散らして、更に強く抱きしめ、彼は言った。
 お前、いいな、と。

 私は抵抗しなかった。
 その夜は最後まではしなかったが、あとはもうずるずるとなし崩し。
 あんたには彼女がいるでしょ。
 あいつには関係ない。お前は喋らないだろ。
 喋るかもよ。
 喋れない。
 だって、お前の友達だろ?

 全部お見通し、ただ、あんたの欲望を満たすため、私は身体を差し出すの。

 俺のこと、好きなんだろ?と彼は言う。
 俺も好きだよ、と言う。
 私は答えず、シャツを脱ぐ。

「大丈夫?吐く?吐いていいよ」
 水を飲んでいた友達の、水と酒の混じった吐瀉物。
 ハンカチを出すため、カバンを探ると、指に固いものが触れた。
 取り出すと、それは煙草の箱だった。

 私は煙草を吸わない。

 彼は女の肩を抱きながら、煙草を口にくわえていた。

 私は、煙草を一本取り出した。
 近くで立ち話をしている男の子に火を借りる。
 吸い込んだ煙は、苦く、喉に痛かった。

 煙を吐き出す。
 一緒に、私の中の、彼も吐き出してしまえればいいのに。
 吸って、吸って。
 真っ黒く肺を汚して、病のように。
 まるであなたは病のように。

 もう、やめなきゃね。こんな不毛な片思いは。

 私はそう思って、煙草を車道に投げた。
 マナー違反に捨てられた煙草は、行過ぎる車たちの間に、あっという間に消えた。

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