男が二人、闇の中に立っていた。
 そこには、愛する者を喪った男がいた。
 男は狂った修道士の群れに交じり、窓の外を見ていた。
 心持上がった顎と、眩しさに細められた目は、笑いに似た表情を作り出していた。

 男は尋ねた。
 愛する者を喪った気持ちはどうかね。
 すると男は、まあまあだよ、と答えた。
 さて、それは悲しいのかね。
 いや、悲しくはない。
 それでは、さみしいのかね。
 いや、さみしくもない。
 じゃあ、嬉しいのかね。
 嬉しいこともない。
 それでは、君の心は、虚無に呑まれてしまったのかい。
 そんなこともないんだ。
 ただ、ひとつ不思議なことがある。

 男が神妙な顔で語りだした。
 寄せては返す、波の音のように、潮騒のように、名前が耳の奥で聞こえている。
 果てしなく、ただひとりの名前を繰り返し呼んでいるのだ。
 それが不思議でならない。

 それは興味深いね。
 誰の声かわかるかね。
 男が、また口を開いた。

 わからない。

 わからないのかね。

 わからない。
 それでも、繰り返し、あいつの名前を呼ぶ声が、消えない。
 それが不思議でならない。
 誰の声だろう。
 あんなにも強く、あいつを呼ぶのは。
 あいつの名前だけを繰り返すのは。

 それは、お前が

 鏡が割れて、あとは男が一人。

 そして、男も、闇の中に消えた。

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