夜の遊覧飛行

僕は魔法使いの弟子、弟子と言ってもただの使いっ走り、魔法使いは僕の全てを支配して、そして蹂躙する時を待ち侘びている。
僕はいつか来るその日のために爪を細く研いでいる。
魔法使いの首を掻ききるために、そしてもしそれが果たせなかったとき、自分の命を消すために。
もう誰も愛してはいけないよ、誰も好きになってはいけないよ。
まとわりつく死霊が囁くままに、僕は固く心を閉ざす。

この国は、うんざりする程季節が変わる。
大きく分ければ春夏秋冬、その季節の変わり目に訪れる雨季と乾季。
更に、季節は人為的に変わる。
国には王室付きの気象魔法士がいて、魔法で季節を変えるのだ。
天気が魔法で変わることは日常茶飯事。  例えば、城のお姫さんが雨の日でも弓が丘にピクニックに行きたいって駄々こねたら晴れたりする。
公式発表では、典礼式典以外にはそういった魔法は使われないことになっているけれど、みんな嘘だって知っている。
他の国には気象魔法士はいない。
この魔法はとっても難しい・・・そうだ。
僕は魔法は使えないからわからないのだけれど・・・・・・僕は存在自体が魔法と近いところにあるから。
難しいから、戦争に利用できる程局所的に気候を変えたりできないそうだ。
多分これも表向きで、真実は僕の魔法使いが知っている。
僕の魔法使い、嘘つきで酷い男のごうつくばり、魔力の亡者。
「おいで、ルーディ」
魔法使いは僕の名前を呼ばない。
魔法使いがつけた僕の名前は重すぎて、魔法使いの魔力は大きすぎて、呼べば小さな街の一つくらい吹っ飛んでしまう。
だから魔法使いは僕をこう呼ぶ。
でもそれは僕の真実の名前からはとても遠い気がして、僕は呼ばれるたびに少し悲しくなる。
存在自体が魔法に近い僕は魔力のある名前を持っていた筈だから、何の力も込められていない名前で呼ばれるたびに、今の無力さを突きつけられる。
魔法使いの灰色の瞳は青ざめて銀色に光っている。
こんな時は何をされるかわからない。
僕は大人しく、その長く白く美しい指に従う。
僕を膝の上に乗せ、魔法使いは僕の視線をその双眸で捉える。
黒く長い睫が重たげに縁取る霧のかかったような白目との境目が滲んだ目だ。
瞳孔が深い淵を覗かせて僕を引きずり込もうとする。
人間は交配する生き物だから、魔法使いも遺伝子の業物なはず。
どんな組み合わせだったらこんなに美しい顔が出来上がるんだろうか。
ただ美しいだけじゃないんだ。
きっと魔法使いは髪の一本まで魔力が籠もってる。
ひとを惹きつけて堕とす美しさだ。
「これから依頼人が来る。お前が口出すとうるさいから黙ってろ」
そして魔法使いは僕に口づけた。
舌の代わりに魔力を吹き込まれ、僕は言葉を無くした。

軽い割に簡単には開くことのない扉を押し開けたのは小さな子供だった。
秋が来たばかりというのに、子供は分厚いコートを着ている。
学校に入るか入らないか、その少年の幼さと反対に顔は強張っている。
息は切れて額には汗が浮いている。
そのコートの前がぽっくりと膨らんでいる。
「魔法使い・・・だね?僕、お願いがあって来たの」
そのコートの内側からもっと小さな子供が出てきた。
少年は紐で赤ん坊をその身体に括り付け、その上からコートを着て隠してきたのだ。
ほぎゃあほぎゃあと赤ん坊が泣き始める。
あまり力の無い泣き声。
「ここは、魔法使いしかいないんですか?」
「いや、君の前にひとり。人払いをしたほうがいいかい?でも契約には立ち会いがいるんだよ」
「あんまり人の気配がしない、ですね」
魔法使いは喉を鳴らして笑う。
「そう、私の可愛い人形さ。さぁ、依頼を」
少年は期待に満ちた声で答えた。
君が思う程、こいつは偉大なヤツじゃない。
「僕は、シニター・ケシリ・ペルジェット、この子は弟のシニター・ユゲイ・ペルジェットです。僕たちを、ううん、ユゲイに空を飛ばせてやって欲しいんです」
僕は少年のコートを脱がして椅子に座らせた。
ケシリはされるままになっている。
「すごいや・・・羽みたいに歩くんだね。それにいい匂いがする。ありがとう」
「代償は決して安くないけど、いいかい?」
僕は早速魔法使いを呪い始めていた。
この子は目が見えない。
そして魔法使いは、ユーノジアは、だからってこの子を見逃しはしないんだ。

ユーノジアはこんな時ばかり、やさしく話を聞く。
ケシリの母親はユゲイを家から出したことが無い。
ケシリが母親に猫かわいがりされる半面、ユゲイは乳母に任せっきりで、ケシリもあまり弟に会うことができなかった。
『あんな子を構うのはおよしなさい。あなたは本当にやさしいのだから』
母親は薔薇を浮かべた紅茶を飲みながらいつもそう言ったそうだ。
ケシリはもうすぐ学校の寮に入らなければならない。
でも、外に出ることもできずひとりきり弟を残していくのが辛くて、だから最後にユゲイにうんと美しいものを見せてやりたかった。
できるなら誰も見たことが無いくらい美しい景色を。
「空は王族くらいしか飛ばないでしょ。僕の家は貴族だけど、それでも飛行船に乗ったりはできないから」
「空はね、魔法領域が展開してるから耐性が低いと進入できないんだ。王族はそれなりに魔法耐性があるからね」
「そう・・・ですか。でも魔法使いならできますよね?」
「あんまり舐めたこというなよ、坊や。代償は何にする?」
「何でも・・・僕に払えるものなら何でも」
そして閃く虹色の契約書。
「僕、ほんとに、ユゲイが幸せになれるなら、それでいいんです」

僕は鳴かない鳥になり、二人を導く。
僕の銀の翼は星の軌跡を描き、それを追って二人が蝶の鱗粉を撒き散らしながら飛ぶ。
魔法使いはケシリに蝶の羽を与えた。
黒いアゲハチョウの羽は忙しく冷たい空気を切り裂く。
広がるのは地上の星々。
「見える?ユゲイ」
興奮しきった子供の声が痛い。
「僕の分まで沢山見るんだよ」
弟にできるだけ夜の冷たい風が当たらないように大切に抱いてケシリは飛ぶ。
ケシリには風しか感じられないだろう。
今まで触れたことの無い冷たさの筈だ。
人間には冷たさも寒さも度を越せば毒にしかならないそうだ。
ならば、この冷たさはケシリの命を削り取ってるのかも知れない。
僕にとっては心地よくてならない、この凍てつく寒さが。
そこで僕は、ひょっとしたらユーノジアがケシリに結界を張っているのではないかということに思い至った。
そうであって欲しいような、ユーノジアがそんなことをするはずがない。
この高層の大気よりも尚冷酷な魔法使いなのだから。

僕が魔法使いの家に降り立つと主が扉を開けた。
ユーノジアは僕をその掌に包み込み、そっと翼を撫でた。
「坊や、代償は今夜君が眠っているときに受け取りに行くよ。今日はこのまま帰りな」
ケシリは何かとても言いたげな顔をして、黙って一度お辞儀をした。
そして、弟をコートに下に丁寧に抱き込み、ポケットから折りたたみ式の杖を取り出した。
夜目にも白い杖をついてケシリは街へと帰っていく。
「いつまで見てる気だ」
僕はひとの形に戻り、絡みついてくるユーノジアの手を払った。
「お前、知ってたけど最低だ」
「泣いているのか」
「あの弟はただの肉の塊じゃないか!」
「しょうがない。貴族は血が濃すぎるからな。最近生まれる子供はあんなのばかりだ」
そしてケシリはそれを知らない。
なぜってケシリは目が見えないから。
人形が温かく、そして息をしていたら、彼は人形と人間を区別することができない。
僕をひとだと思ったように。
形だけ人間をした、魂の入っていない弟にケシリは愛情を注ぐ。
「あの子が行く学校だって、そんな子供ばっかりさ。貴族連中が有り余る金で作った、厄介払いのための学校だもの」
「そんなこと言うな!」
僕の首をユーノジアの白い指が締め上げる。
「俺に命令するな。殺すぞ」
「こ、ろせば、いいじゃない、か・・・っ!」
ユーノジアは僕の頬に唇を這わす。
ゆったりと楽しむように、慈しむように。
「あの子からは優しさを貰うよ。弟への優しさ、冷たい母親への優しさ、あの子を取り巻く全てのものへ注がれていた優しさを貰おう」
ふいに指の力が緩んで僕は激しく咳き込む。
「そしたらあの子はもうちょっと、この腐った世界で生きやすくなるだろうさ」
涙が出る。
喉が苦しくて、苦しくて涙が出るんだ。
お前のその歪んだ優しさは、妖精達の優しさによく似ている。
去勢して犬を飼うくらいなら、犬を殺して食う。
憎みたいのならまず愛させる。
「お前は無慈悲な程美しいな」
ユーノジアは僕の銀の髪に口づけ、指に口づけ、そして唇に口づけた。
絡み合う舌に僕は戦き、ユーノジアの背に爪を立てる。
あの子の優しさは何の石になるだろう。
きっと透き通った美しい石だ。
やわらかな光を放つ。

僕は魔法使いの弟子、ひとりぼっちの妖精。
僕の心が狂う前に魔法使いが僕を殺す、早くその時が来ることを願っている。
020329

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