ミモザ 【小谷野めぐみ】

 最初ほのぼのしてたらズガーンてくるので気をつけて!

 
 では、めぐのお話をお読み下さい。
 
 
 
 
 
 
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[ ミモザ ]

「…それ、制服じゃないのか?」
待ち合わせた場所に、約束より10分遅れてやってきた兄は、遅刻の謝罪よりも先にどこか呆れたような声音でそう漏らした。

「文句あっかよ」
 実際兄の言う通りだが、呆れきった声音にはなんだかムッとして、香の声は自然と不機嫌になった。
毎年、香の誕生祝は外食だ。唯一の家族である兄と2人、近場の適当な店に飛び込むのが常だが、18歳の誕生日と高校の卒業が重なった今年は特別だから少しは気張るぞ、と兄は宣言した。
その宣言通り、自宅の徒歩圏内だが入店する機会などない高級なレストランの名前を告げられた時は驚きつつも嬉しかったが、今朝兄が通勤する直前、いい店だからちゃ んとした格好をしろ、と言われたから困った。
いい服とはどんな服かと聞けば、あまり身なりに構わない兄は「女の子はスカートだろう」の一言のみ。
手持ちの服でスカートといえば、この間卒業した高校の制服と、進学先の短大の、標準服と言われる地味な黒のスリーピースだけしかない。入学式におろすはずの新品を今使って良いものかとしばらく悩んだ末、高校の制服のスカートに私服のブラウスとカーディガンを重ねることにした。
高校時代、学校を終えたその足で繁華街へ遊びに出る時は、補導の目がうるさいからそうやって上だけを着替える生徒が多かったのだ。
香の母校の制服は、学生服としては珍しいグレーの色味なのも幸いしていると思う。ジャケットと白い三つ折ソックスを脱ぎ、カ ラフルな私服のアイテムに取り替えればそれで案外私服として通用した。

今夜香が身に着けてきたのは、そんな街遊びの最中、ファッション命の親友が香には絶対これ、と勧めてくれた明るいイエローのセーター。最近買ったボウタイブラウスにセーターを重ねた姿は案外いけるんじゃないかと思ったが、やはり不十分だったか。
「高級店に食べに行くって結構面倒だよなあ。すまんな、手間とらせて」
 だが、兄に先回りで謝罪されたら、そんなことないよ、と否定するしかなくなる。
「兄貴こそ、ありがとね。張こんでくれて。でも大丈夫なの、ここ高いんだろ?」
「心配ご無用。いくらうちが貧乏でも一晩の贅沢くらいどうとでもなる」
 まかせなさい、と背広の胸元 を叩くのは、金を用意してきたというアピールだろう。

 初めて入ったレストランは香からすればヨーロピアン、の一言でしか表現できない華やかさだった。
料理も店と同様、洒落た器に華やかな盛り付け。見慣れぬ洋野菜のサラダにアスパラガスのスープに、ステーキ。最後には、葡萄の綺麗な紫色を丸く固めたシャーベットを食べた。
こんなコース料理を兄と2人で食べるなんて初めてで随分贅沢したと思ったけれど、洋食店を出る間際、兄はケーキを買っていこう、と香を手招いた。洒落たレストランの一角には色とりどりのケーキや果物を並べたショーケースがあり、頼めば持ち帰りが出来るらしい。
「お前、三つくらい食べるだろ。俺はそうだな…この、苺にするか」
兄と同 じく定番の苺ショートにチョコレートケーキ、オレンジとチーズのケーキを選ぶ。誕生日祝いだと兄が店員に言えば、蝋燭を一緒に入れてくれた。
ケーキの箱を傾けないようにゆっくり歩いて帰宅して、たどり着いた団地の一室でまずはコーヒーを煎れようとしたら、
「シャンパン飲まないか」
 珍しく兄が言って、いつの間に入れていたのか。冷蔵庫から緑色のボトルを取り出した。
「どうしたんだよ、それ」
「貰った」
 シャンパングラスなんて洒落たものはないが、なにか雰囲気の出るものを、と兄は食器棚を探す。結局滅多に使わない、貰い物の細長いグラスを選んだ。
「知り合いがくれたんだ」
 それ以上の説明はないし、必要ない。
兄が警察官を辞め、それ以降どんな仕事 をしているか香が知るまでには随分時間があった。
全てを知ったのは去年の今頃だ。自分の家出を死ぬほど心配した兄に仕事を応援すると伝えたら、初めて色々なことを教えてくれた。
それでも多分聞かされたのはごくごく表層だけだ。法律では裁けない人間を金で片付ける、スイーパー。闇社会の人間と二人で組んでいる。その程度。
実をいえばその組んでいる相棒がどんな人物か香は知っているが、兄には知らせていない。
「なにかのお礼、とか?」
 どうせ教えてくれないだろうが、少しでも聞けるなら聞いてみたい。
兄を心配する気持ちと好奇心とを織り交ぜて問えば、瓶の頭を包むホイルを剥いだ兄は、コルクの構造を確かめるためにくいと眼鏡を押し上げた。

「い や、シャンパンが嫌いなんだと」
 瓶の先端をあちこちに向けて、結局一番なにもない玄関の方に狙いを定めてコルクに手をかける。
ぽん、と威勢の良い音が響き、慌てて緑色の瓶の先端をグラスにつける。薄い金色の液体がしゅわしゅわと音をたてて細長いグラスに注がれた。
「オレ、お酒飲んでいいの?」
 今日でようやく18歳だ。何度か、兄が晩酌で飲むビールを一口もらったことはあるが、本格的に飲んだことはまだ一度もない。
「高校を卒業したんだ。これからは未成年でも飲むって場面がある」
 生真面目な兄からは予想外の言葉が出てきて、少し驚いた。
「飲ませたいわけじゃないぞ。だがよく考えたら、お前自分がどれくらい酒を飲めるかわからないだろう。
外で飲んで 酔いつぶれて変なことでもされたら大事だ。酒の味と自分の限界は知っておいた方がいい」
 なるほど。真面目な兄らしい考えではある。
「槇村家は代々酒に弱いらしいからなあ」
 当然のように付け足された言葉が、ちくりと胸を刺す。
香は槇村家の血が一滴も入っていない、養女であると知っている。知っていることを、兄は知らない。
だから妹が、完全に血の繋がった存在であると振舞う。
「でも、オレそこまで馬鹿じゃないよ。怪しいと思ったら飲まないって」
 ダイニングテーブルに向かい合って座ると、兄が皿とグラスを並べた。」
「自分は大丈夫と思ってる女ほどひどい目に会うんだ。香、おれはそんな事件も山ほど見てきた」
 警察官時代も、新宿の繁華街を拠点に活動す る今も、常に犯罪に絡む仕事をしている兄は、紙箱から皿にケーキを移しながら淡々と語る。

「特に女はカクテルが危ない。
甘くて飲みやすいが実はかなりアルコール度数が高いし、強い味だから変な薬を混ぜられても気付かずに飲んでしまって、目が覚めたらひどいことになってるんだ」
 大きな皿に香のケーキを三つ。小さな皿に自分用の苺ショートを一つ。とりわけたらすぐに紙箱を潰してゴミ箱へ。
「最近ニュースでもやってるだろう、ああいうことは若い女なら誰でも警戒するべきだ」
「あ、大学生の?あれひどいよなあ」

 集団で女性を強姦するグループが存在したと、最近よくワイドショーで話題になっていた。
発覚は以外なことで、冬の終 わりに阿佐ヶ谷の方で何件か続いた連続放火が発端だ。普通なら見過ごされる小火も放火ではないかと消防と警察が火元に立ち入った、その家が偶然にもグループの一員の自宅。几帳面にナンバリングされた強姦の映像と詳細なデータが発見され、そこから芋づる式に大人数が逮捕されている。
その報道がされると、すさまじい勢いで大勢の被害者が名乗りをあげた。
さらに日が経つにつれ、メンバーの一人の親が著名人で、過去の訴えを握りつぶしていたことまで発覚して大スキャンダルとなっている。
「ああいう事件に、誰がいつ巻き込まれないという保証もない。
香、お前も18歳になった。人並みの遊びをしちゃ駄目とは言わんが、人の道から外れるようなことはするな」
「はい」
 真面 目な言葉に真面目に頷く。

「それと、いい加減その言葉遣いはどうにかならんのか。
その調子で女子大にいったらまた男代わりでキャーキャーもてはやされるぞ」
「大学でそんなことあるわけないだろ!」
「…だめだこりゃ」
 兄はため息をつきながら香の苺ショートに蝋燭をさし、ライターで火をつけた。
今更ハッピーバースデーを唄う年でもないからおめでとう・ありがとう、と言葉を交わして吹き消す。
そしてシャンパンで乾杯。大人っぽく一口ぐいと流し込んでみるが、
「…あんまりおいしくない」
 元からあまり炭酸を好まないせいだろうか。咽喉に流し込んだ酒の感触を良いとは思えなかった。

「じゃあミモザにするか」
 兄は席を 立ち、冷蔵庫からみかんジュースの缶を持ってきた。以前、団地の清掃作業の後に配られて、なんとなく冷蔵庫に入れっぱなしにしていたものだ。
まだ半分以上シャンパンが残るグラスにみかんジュースを注ぎ、マドラーなんて洒落たものはないから箸でステア。
「ミモザって、花の名前だよね?」
「そこから来たカクテルの名前だよ。シャンパンとオレンジジュースを半々で混ぜるんだ」
「へー。兄貴もお洒落なこと知ってるんだな」
「飲み屋で教わったんだ」
「ふーん…」
 教えてくれた人物はもしかすれば恋人かもしれないし、仕事相手かもしれないが、兄が積極的に言い出さない限りは聞けない。ただ、差し出されたグラスを受け取り口に運ぶ。
濃い黄色に炭酸が踊る液体は、たしか に先ほどより随分飲みやすかった。

「おいしい」
「良かった。だがほどほどにしておけよ」
「わかってるって」
 お酒だから、なんとなく本命の苺のショートケーキではなく、オレンジとチーズのケーキに手をつけた。
チーズの風味とシャンパンが良く合う、気がする。どちらも柑橘が入っているわけだし。
ケーキとカクテルと交互に口に運んで同時に空にした。
 二個目のケーキはどっちにしようかな。まだ蝋燭が刺さったままの苺ショートとチョコレートケーキ、二つの合間にフォークを浮かせて選ぼうとしたが、急に視界がゆらいだ。
視界から皿とグラスが消え、ビニールのテーブルクロスだけが飛び込んで、切れた。

**********

「…今言ったろう が」
 ため息をつき、テーブルにつっぷした香の、明るい癖毛をつつく。
自分は大丈夫と思ってる女ほどひどい目に会うんだ。そう告げたばかりなのに、即席のカクテルを飲んだ香は見事なまでにあっさりと意識を失った。
食べかけのケーキはラップをかけて冷蔵庫へ。グラスも洗った。
テーブルの上に何もない状態にしてから、テーブルに突っ伏した香を椅子から立たせる。意識のない体はずしり重たかった。だからまるでダンスでもするように向かい合って抱えて部屋に運ぶ。
 これが僚なら、軽々と横抱きにするんだろうな。ベッドにどうにか寝かせるとふいにそんなことを思った。
背が高いしショートカット。ただでさえ男に間違えられやすいのになぜか男言葉まで使うようになって、 色気などかけらもない。でも18の、花開く年頃の娘だ。
 化粧なんてこちらが勧めてもしないのに、部屋には不思議と甘い匂いが漂っていた。自分が抱く綺麗な女の香水とはまた違う、薄い甘さだ。
 そっとベッドに下ろして、蛍光灯からぶらさがる紐を引いた。パチパチと小さな音がしてから狭い個室が白っぽく照らし出される。その明るさに眠る妹の瞼は反応しない。身動きもない。
わずかに開いた口からは穏かな呼吸。ベッドの縁に兄が腰を下ろし、その振動でマットレスが揺れても、手を頬に沿わせても、男の指がくちびるに触れても。
一切反応がなく静かに眠る人形だ。
真上にが覆いかぶさって、セーターの上の膨らみに触れても、全く気付かない。
 

『何が楽しいのかね 。意識のない女犯して』
 胸の膨らみにのせた手に力を込めれば、同時に、数日前に相棒と交わした会話を思い出す。
それから、計画的に強姦を企てる大学生サークルに対する報復を依頼してきた女のことも。
もつれた黒髪の合間からやせこけた白い顔を覗かせた女が、肉のない、傷跡の残る腕で札束を突き出してきた。関わった人間全員殺してやりたいがキリがない。この金だけで殺せるだけ殺して、と震える声で頼むから仕事を受けた。

 交流イベントと銘打った飲み会で獲物に目をつけ飲み物に薬を盛る。
意識は失うが肉体の反応はある状態にされた女性を集団で汚して、証拠の映像まで撮る。話を聞いただけで吐き気を覚えるような話だ。
悪知恵だけは見事なもの。 和姦と解釈されるよう様々な工作もしている。
『こんな薬で』
 ワイドショーを見ながら相棒は、小瓶に入った粉末を眺めた。
一体誰が思いついたのやら。酒と、不眠を訴えれば簡単に入手できる睡眠導入剤を潰して混ぜた粉の組み合わせは多くの被害を生み出した。
こんな連中にはすぐ死ぬより、長い苦しい生が罰として相応しい。
 受け取った札束は調査費用に消えた。金をつぎ込んだ結果見つけたのが犯罪の記録簿で、後は簡単なものだ。
自分の依頼とは違う形で迎えた結末に対して依頼人がどう思うか、足取りも重く事後報告をしに行ったのは数日前。
希望とは違ったがよしとする、依頼人の淡々とした対応に安堵しながらも苦いものを抱えて相棒の住まいに顔を出せば、警察 時代の同僚に参考物件として渡すなり処分するなり好きにしろと小瓶を渡された。
それから、思い出したようにシャンパンのボトルも。

『貰ったけど俺シャンパン嫌いなんだよね。冴子誘って飲めば』
 数時間前、今夜妹の誕生祝いにシャンパンを使うと告げたら呆れ顔を見せた相棒は、まさか自分が妹に対して薬も飲ませるなんて思ってもいなかったろう。
妹を昏睡させて、兄ではなく男として触っているなんて。
「香はやっぱり子供だなあ」
 胸の膨らみを手のひら全体で覆い、握りつぶすように力を込めた。
痛むのだろう。人形めいた寝顔が少し歪むが、それだけ。

「こんなにあっさり引っかかって」
 布団へ扇形に散らばったプリーツ スカートの裾に触れる。
二本の真っ直ぐ伸びた足を、周囲を計るように手で包み、足首まで摩っていく。
くるぶし丈のソックスからは折り返して上へ。
スカートに隠れた膝小僧を包むように撫でていると、はあ、と湿った寝息が香の口から漏れた。
それでも骨格の丸みを撫でて続けていれば、白い膝が香自身の動きで擦りあわされる。

まだ香が小さかった頃は、そうやって膝を擦り合わせるのは排泄の予兆だった。
だが今はどうだろう。18の、肉体的には大人といっていい歳の香の体は、なにを思って下肢を捩っているのだろう。

「そのくせ、ここだけ大人になって」
 自分が作為的に眠らせた少女へ、優しい声で理不尽な言葉を浴びせる。
何も知らない眠る子供を、悪い男が悪くあやす。
膝の丸みを包んでいた手を広げ、上昇させて。
腿の合い間は蒸し暑く、差し込んだ手はひどくべたついた。

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「シャンパン美味かったぞ」
「あ?」
 日が一番高い場所に来てからやっと動き出した男に言うと、間の抜けた声が返ってきた。
「そっか、イモートと飲むって言ってたっけ。
馬鹿だよねー槇ちゃん。イモート相手にあんな高級品」
 この男が香を呼ぶ時の「イモート」は発音がどことなくぎこちない。
いつも何か、他に呼び方があるのに誤魔化しているような歯切れの悪さがある。

「高校の卒業祝いも兼ねてたしな。
しかしやっぱり未成年に飲ませたらダメ だ。あいつ、今朝は二日酔でダウンだ」
「うっそ、シャンパンだけで?」
「自分を基準にするな、18の子供なんてそんなもんだ」
「そもそもイモート未成年だから飲ませちゃダメじゃん。
普通なら恋人に振舞うべきだなのにさあ。冴子絶対喜んだと思うぜえ?」

 きみとのもうとおもってしゃんぱんをもってきたよ。
あたしのために?きゃーヒデユキったらすてきー!ほれなおすわー!
きみのひとみにかんぱい。
きゃーだいてー!あさまではなさないでー!んちゅんちゅんーぱー!

誰が見ているわけでもないのに男役らしい斜め下の決め顔と、女役らしく体をくねらせて甲高い裏声を発する不気味な行為を繰り返す。
だが槇村が愛用の手帳に視線を落とし て無視を決め込めば、反応がないせいかあっさり寸劇を止めた。
「俺にゃ理解できんな。あーんな色っぽい美女より妹とるなんて。
お前、あんまり妹妹言ってたら冴子に捨てられも文句言えんぞ」
「…かもなあ」
 お互い、良いところも悪いところも把握した、あらゆる意味で相性の良い女がいる。
僚のいう通り、高価なシャンパンは妹より、彼女のところに持っていくのが適当だったろう。

「まあ、でもうちは家庭事情が特殊だからな。仕方ない」
「げー、シスコン正当化してやがんの。気持ち悪っ」
 不愉快に思ってないからコミカルに顔を顰めて見せる僚が、こんな時ばかりは妙に可愛く見えて、槇村は笑いながら切り替えした。
「気持ち悪くて結構」
 
END

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柑橘好きな千さんのために柑橘類食べてるRKとか考えてたんですが、不意にちゅーを迫られてうろたえた香がミカンの汁で目潰し!というしょうもないギャグしか出てこなかったので兄妹にしてみました。
お誕生日おめでとう!これからもよろしくね!
!

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