雪に君を思う

窓の外はどんよりとした曇り空だ。屋根の色が一様に灰色なのは天気のせいばかりじゃない。古い町並みは揃ってくすんでいる。
あたしはため息を漏らした。
それは曇り空へのため息でもあったけれど、それは少しのもので、だってあたしは曇り空が嫌いじゃないから。その後にやってくる、雨や雪が好きだから。
おかしいと言われるかも知れない。実際、そう言う人はいた。だけど、あの埃臭い降り始めの雨の匂いや、雪のちらつく感じはとてもあたしを落ち着かせる。呼吸が楽になるような、不思議な安堵感。
だから、あたしの不平は、空に向けられたものではない。曇って見通せないのが、まるであたしみたい、そう思って出たため息だった。
もう一つため息をついた。自分でも、いじいじしていると思う。こんな風に窓の外を見上げ、ため息をついているなんて、後ろ向きなことこの上ない。そう、このため息はそんなあたしに向けられたもの。
あたしはあまりあたしのことが好きではない。
どこかのエライ人が、自分を愛せない人は他人を愛することができないと言っていたけれど、なら、そうなのかな。確かにあたしは、あまり積極的に人と関われない。正直、人間関係は苦手だ。そしてあたしはそこで開き直ることも出来ない。あたしって、ひょっとしたら凄く駄目なんじゃないだろうか?そう思い始めると、果てしなく落ち込んでしまう。どこまでも不安定な自分に、更に嫌悪が募る。
どうしてうまくやれないのだろう。
あたしにもそれなりに友人がいて、それで女の子は群れるもので、要するに数人のグループの一員であるのだけれど、それがまたいい人たちで。あたしはその子たちが好きだったし、ずっとそこにいたいと思ってた。
でもある日、本当に突然、そのうちの一人が言った。とても心配そうに、
「ねぇ、あたし達と一緒にいる時、無理してない?」
ヘビー級のパンチがあたしの心臓の上に直撃した。
それを聞いて、ほかの子達も言い出した。聞きたくなかったのに、あたしの耳は一言一句漏らさずに音を拾っていた。
あたしは、あそこにいる為に、一緒にいる為に、精一杯努力しているつもりだった。でも、それは、あの子達に取って無理しているようにしか見えなかった。そのことがとてもショックだった。やっぱり、と思った。やっぱりあたしはうまくやれないんだ。面白い話も出来ないし、気の利いたこと一つ出来ない。頭も良くないし、運動だって出来ない。美人でもない。何にも出来ない。だから、雪が降って、帰り道の心配や、寒さに苛立っている彼女たちの前では、
「イヤだねぇ」
そう話を合わせていた。
でもそれも正解ではないみたい。どうすればいいんだろう。どうすれば一番良いのだろう。どうすれば。どうすれば、あたしはあの子達と一緒にいれるのだろう。こんなに、自分を嫌わずに済むのだろう。
あたしだって、わかってた。ただ合わせているだけじゃいけないって。自分の意見を主張することも必要だって。でも出来なかった。だって、もし、嫌われたら。
そうやってふらふら揺れている、あたしの中にはあたしはいなくなってしまった。
あたしは、あたしの気持ちもわからなくなって、みんなの顔色ばかり窺っている。
うつむいていたあたしは、窓を見遣ってはっとした。
曇り空は一転して真っ白に塗り替えられていた。横殴りに雪が降っている。激しく、音もなく降り続ける雪は、あたしの知らない間に、窓の外を白く化粧していた。
気づかないうちにこんなにも激しく雪は降り出してしまう。
自分の心さえわからないあたしは、ふと猛烈な孤独に襲われることがあって、それは何故だか雪によく似ていた。
雪が降り出すと、音は遮断されて、そのガラス玉の中で下から上へ、上から下へと雪片は舞い続ける。
舌さえ凍らせようと、頬を刺す寒さと、風の痛さ。足下で弾ける氷水。
雪が止み、あたりは一面の空白になる。
誰もいない。
音もない。
その世界に立ちつくす、ひとりっきりの耐え難い寂しさと、ひとりっきりのこの上ない安心が、あたしの中にある虚無と似ていた。
あたしはコートを羽織って、ベランダへ出た。
風は収まり、雪はしんしんと降り積もっている。
雪に溶けてしまいたい。
そうしてしまえたら、きっと、こんなに迷うことも無いんだろう。
なくした自分を捜すのも、誰かを追い求めることも、きっとしなくていい。
楽になりたい。
そのとき、部屋で携帯電話が軽快なメロディを奏で始めた。メールだ。
あたしはベランダのスリッパを脱ぎ、ガラス戸を閉め、ベッドに放り投げたままだった鞄の中から携帯電話を取り出した。これも、みんなに置いて行かれないように買ったのだ。点滅する光が眩しかった。
画面には『メールが届きました』の表示。あたしはボタンを押した。
『雪が降り出したら、きみのことを思い出したよ』
あたしは送信者の名前を見た。指が震えた。
あたし、あの子たちの前で雪が好きなんて言ったっけ?言ってなかったっけ?言ったのかも知れない。
人を愛せない訳じゃない。嫌いな訳じゃない。ただ、どうすればいいかわからない。もどかしく、自分の気持ちすらうまく読みとれない。相手を心地よくする術も知らない。それでも、あたしはあたしを見捨てられない。
一緒にいたい。
雪を見て、あたしを思い出してくれたあなたと。
これがあたしなのかな。
雪が好きな自分で、いいのかな。
あたしはやっぱり不器用で、自分が嬉しいのか、悔しいのか、そのどちらもか、それとも全然違う感情なのか、よく掴みきれない。でも抑えきれないほどこみ上げるものがあって、自然と携帯電話を握った手に強く力が籠もっていた。
携帯電話のボタンを押した。返信の項目が表示される。
今は伝えられなくても、少しずつでも。
少しずつでも伝えられるようになりたい。
そう思って、あたしはゆっくりとボタンを押した。
外は雪だ。
あたしの好きな雪が、音もなく、降っている。降り続けている。
030124

シェアする

  プロフィール  PR:無料HP  米沢ドライビングスクール  請求書買取 リスク 千葉  アニメーション 学校  IID  中古ホイール 宮城  タイヤ プリウス 新品  コンサート 専門学校  中古パーツ サイドカバー  不動産 収益  四街道 リフォーム  トリプルエー投資顧問 詐欺  コルト 三菱 中古  シアリス 効果