――私達ははあはあと嵐のように息をして、ひとの言葉を失った。
拒めるはずもなかった。
カラオケの安いジュースで浮腫んだせいで、食い込んだ下着の線を爪がなぞる。私は克彦の短い爪が肌をひっかいていく痛みに耐えなければなかった。
「姉さん、姉さん」
「だめ、やめて」
「いやだ。いやだいやだ、いやだ!」
克彦は白いシャツを脱ぎ捨てた。汗ばんだ肌が、克彦の匂いを立ち上らせて、私は目眩した。克彦が、私の匂いを嗅ぐ時、私もまた、克彦の匂いを嗅いでいたのだ。
慣れ親しんだ匂いは、かつて無く濃密で、男らしく感じられた。のし掛かってくる厚みを増した体といい、服の下の筋肉の張り詰めた様子などに、私は怯えた。
脱衣所の床に私の背中を押しつけ、足を抱えあげると、克彦は腰をねじ入れてきた。
「くそっ、くそ!」
「か、かつひ、克彦、やめて……」
青ざめた私の顔に、克彦の額から汗が滴り落ちる。
気持ちばかりが逸って、克彦は思いを遂げることができない。私がご褒美をあげた、宝石の杖は、何度も私の下腹部や尻の方に、滑って逃げた。
「なんで……なんでだよ……」
まさしく獣のように襲いかかった克彦の、円らな目は三角につり上がっていた。
私は、自分を取り巻く自分ではどうしようもないことのせいにして、弟を恣に従えた。
傲慢な私は、それが当然の権利の行使であると思い込んで、弟から、彼に属するものを無残に搾取した。私の行為は、克彦の子供らしい柔らかな魂を、永遠に損なったのに違いないのだ。
何でだろうね、克彦。
私は、自ら足を開いて、男を受け入れるために作られた部分を、指で広げて見せた。
「ここよ」
密やかに、しめやかに、真夜中に溶けてしまうように、私は囁いた。
克彦が目を瞠る。囁いた私の頭を抱え込み、私に挑みかかる。私は克彦の芯に手を添えて、克彦を導いた。
私達ははあはあと嵐のように息をして、ひとの言葉を失った。
いたい、痛い痛い、やめて、叫ぶ自分の声がどこか遠くで聞こえていた。一瞬とも無限とも思われる時間。
克彦が呻いて、私は唐突に終わりを知る。
私は泣きながら、胸元に倒れ込んできた克彦を抱きしめた。
「……うっ……うぁっ……あーっ! あーっ!」
克彦は慟哭した。彼は声を殺すために、うんと強く、私の胸に顔を押しつけねばならなかった。
私と弟の間には、いつも痛みがつきまとう。
私達は、ひとつになる前も痛みを分かち合い、ひとつになって、お互いの痛みが決して混じり合わないことを知った。私の足の間で泡立てられ、溢れ出した、混じり合った体液は、私達を一層惨めにする。
「克彦」
「うーっ……うっうっ……う……ごめん……姉さん、ごめん……俺……俺……あっ、あぁっ、あーっ!」
私達は抱き合って泣いた。
私は今まで、あんたを――弟であるあなたを傷つけるだけで、一度たりとも守ってやることがなかった。
姉でも弟でも、飼い主と犬でもなくなって、私達は男と女になった。ただの男と女として、お互いの欠けているところをぶつけた。星同士がぶつかったように、私達は粉々になって、もう一度立ち戻る。私達はきょうだいだった。
克彦が声を上げて泣いたのは、これを最後に聞いたことがない。こんなにも悲しそうに、苦しそうに、克彦が泣いたのは、私のせいだった。
謝らなくていいの。
全部私が、姉さんが悪かった。だから、克彦は何も、悪くない。
私はしばらく|天罰《妊娠》に怯えたが、神は私を罰するほど、慈悲深くは無かった。
この家に私のための食事はなかった。そして、克彦のための食事だってなかったのだ。作り手を満たすために作られた食事は、決して腹にたまることがない。
どんな豪勢な食事もむなしいだけ。
夏休みが来る前に、私は土屋の申し込みを受け入れた。私は土屋の彼女になったのだ。
夏休みは、たまに土屋とデートをした。午前中の宿題と、夕方の庭の水まきと、それ以外の時間、親の目が無い限り、求められるまま、私は克彦とセックスをして過ごした。
克彦が、私の全身を余すところなく、舌と指で味わったのと同じだけ、私も克彦を味わった。
支配すると宣言した割に、克彦は、私が嫌がることはしなかった。むしろ、優しすぎるほど、丁寧に私を抱いた。
私が土屋と付き合っていることに対して、克彦は「わかった」とだけ言った。
土屋と映画を観ている間も、克彦を受け入れ続けた場所がひりひりと痛む、見えるか見えないかのところにキスマークをつけられ、遊園地にでかける、万事がそんな調子だった。
夏休みの終わりに、土屋に体を求められ、私と彼は寝た。土屋は初めてで、私が処女では無いことを知って落ち込んでいた。
結局、土屋にとって、私は与しやすい女であったのだろう。自分が何でも教えてやるくらいのつもりだったのが裏切られて、私をどう扱っていいかわからなくなった土屋の心は、徐々に私から離れていった。私は、土屋と別れてしばらくして、別の男の子と付き合った。
克彦も、告白してくる女の子達と付き合った。
私が高校三年生になると、克彦は、同じ高校の一年生になった。
カナちゃんは、土屋のことが好きだったらしい。私が土屋と別れてからしばらくは気まずかったが、それでも私達は親友のままだった。
入学式。私達三年生は体育館二階部分にぐるりと設えられた、観客席に集まっていた。希望と喜びにぱんぱんの顔をした、新入生を見下ろして、カナちゃんは、「織愛の弟ってどの子?」と聞いた。
私は指さした。一年生達の中で、抜きん出て高い身長。
「背が高いんだね。織愛はちっちゃいのに。なんだか、一年生にあるまじき不遜な態度じゃないか。あれが噂に名高い波多野弟か。あの見た目ならしょうがないか」
私は苦笑いするしか無かった。克彦が、来る者は拒まずで女の子達と寝るのを、私は責められない。他の女の子の匂いをさせて帰ってくる克彦に、私は、他の男の子にキスをされた唇で、おかえりと言う。
派手な異性関係、克彦の評判は落ちることが無かった。反対に、私の評判はどんどん落ちた。土屋と別れてから、何人かの男の子と付き合って、私は彼らに体を許した。
彼らは、一様に私を抱くと落胆した。私の体は克彦に抱かれ慣れていて、克彦以外の男の愛撫には、冷え切ったままだった。そのことは彼らのプライドを傷つけて、私の悪評を吹聴させた。
それは克彦の耳にも入る。
「姉さんって、淫乱な悪女なの?」
と克彦が私に尋ねる。
「……あんたが悪いんでしょ」
嘘だ、悪いのはいつも。
「いいよ、俺は姉さんが、何をしたって、姉さんを許す。だって、姉さんは、俺のものだから」
「克彦」
「いいよ、何でも。姉さんが、俺の飼い主であることに変わりないんだから」
「克彦」
「姉さん、好きだよ。俺の姉さん」
克彦は、男のように――男の顔で、私を抱くようになった。それが、他の女の子と、同列に扱われたようで、たまらなく寂しかった。 克彦には私を抱く権利があった。私には弟に対する罪があった。
私達がセックスをするのは、歯磨きをしたり風呂に入るのと変わらない。私達の生活の一部になっていた。私の頭は、もうねじが飛んでいて、それをおかしいと思うことを拒否していた。思考を放棄した私に、克彦がどんな思いでいたか、私は知らない。お姫様にするように、恋人にするように、従っていた克彦。私の幼い弟ではなくなっていく克彦。
罪を誤魔化すために罪を重ねるだけの、織愛の日々。
克彦は一足飛びに大人になっていく。他の女の子にペニスを突き立てて、私から離れていく。
私は姉ではなく、克彦にとっての女に成り下がる。だから、私も他の男のペニスを受け入れる。
好きだとか愛してるとか、克彦には一度も言ったことがない言葉が、他の男の子にならすらすら言える。何という不思議だろう。簡単に足を開き、愛を囁き、けれど体は冷え、別れる時は縋りもしない私を、ビッチだと思わない方がどうかしている。どんな男も、克彦ほどに私の体を燃え上がらせない。私の心を震わせない。だから、誰でも同じだった。
克彦だけが特別だった。
成長した克彦は、高校生にしてはもう成人男性と同じくらいの体躯を持っていた。それに加え、甘く整った顔立ち、優しげな物腰。成績優秀でスポーツ万能なのも変わらなかった。たまらなく魅力的な克彦。
私が克彦を好きだなんてことは、当たり前なのだ。だって、克彦は私のかわいい弟、私の忠実な犬だった。私達は世界でふたりきりのきょうだいだから、ここには誰も入ってこられない。
けれど、克彦が男になってしまって、克彦が戯れに言う言葉が、私の心を深く傷つける。
私を抱く度に、「好きだよ」という克彦。
私は他の男に抱かれる時に、その言葉を口にする。
「私もあなたが好き」
かくして、克彦は私の完全なる支配者となった。