……and more

 

heartbreak

 借り物競走なんてベタなのを、競技に入れた奴は死ねばいいと思う。
 長くあっという間の夏休みが終わったら、すぐに体育祭の準備だ。体育祭の実行委員は二年と一年で、一年はもっぱら二年生の使いっ走りだ。
 シャーペンで、小さく切った紙に借りるものを書いていく。灯りの消えた教室でも、窓際の席に座っていれば、充分明るい。
「コンドームとか入れてやろうかな」
 鼻の下にシャーペンを挟んでふてくされる俺に、同じく実行委員の克彦が新たな紙片を渡して寄越す。これに魔法の呪文を書き殴り、当日はグラウンドを阿鼻叫喚に陥れるという寸法だ。
「コンドーム? みんな持ってるでしょう」
「みんな持ってるわけねえだろ!」
 彼は、そっか、そっかと一人頷いた。
「克彦、お前みたいなちゃらちゃらしてる奴って、実は女の子に失礼だからな!」
 俺は早口で言って、シャーペンを紙片に突き立てた。
 克彦は、半袖から剥き出しになった陽に焼けた腕をさすって、また、そっか、そうだね、と言って、窓の外を見た。
 一年生の教室からは、中庭の脇を通って、裏門に続く道が見える。秋の西日が影を長く引きずっていた。
「あ、波多野姉。また違う男連れてる、と」
「吉田、続き」
 同じ中学校出身者は心得ている。波多野姉に対して非礼を働いた相手に、克彦が何をしてきたか。
 俺は手持ちの紙片に「好きな人」と書いた。常套句。波多野きょうだいがこれを引いたら、きっと俺が私がと、借り物に立候補する奴らであたりは大混乱になるんだ。
「……もしさ、借り物競走で、これ引いたらさ、お前、姉ちゃん連れてけよ」
 俺が言うと、克彦はレモンティーの色の瞳を大きくした。
「なんで」
「そうしたら、誰も傷つかなくて済むだろ」
 克彦は俺の手からくじをとって、胸ポケットに入れる。そこに手を当てて、
「……傷つくよ」
と言った。
 黄昏にはまだ遠い、秋の放課後のことだった。

musicpray

「何聞いてるの?」
 私の耳のイヤホンの片方を、織愛は自分の耳に差し込んだ。耳の後ろにかき上げる時、織愛の白いうなじが一瞬露わになる。
 目を細めた私に、織愛は唇で答えを促した。
「研ナオコ」
「うそ」
 織愛はくすくすと笑って、指を揃えた手のひらを差し出した。
 校内放送が始まるとともに、織愛は私のイヤホンを奪ってしまう。
 今日の放送は、夏休み中の大会で好成績だった生徒達のインタビューだ。
 私は、後輩の放送を聞くのもそぞろに、織愛の髪に隠れたうなじの白さを横目で探した。
 織愛は、その首筋にあるキスマークのことを知らない。キスマークは、髪の生え際に接して、小さく、けれど濃くついていて、薄くなる度に新しくなる。
 織愛が私のイヤホンを、貝殻のような耳に差し込む一瞬だけ、キスマークは織愛が自分のものであると主張する。
 彼氏が変わろうとも、その皮膚を吸い上げる唇だけは変わらないのだ。不思議なことに。
「カナちゃん、返した方がいい?」
「いいよ、そのまま聞いてて」
 叶わない恋の歌を流しているはずのイヤホン。彼女の横顔は、残暑の日差しを浴びても涼しげで、どこか近寄りがたささえ漂わせていた。
 インタビューが続き、テニス部波多野くん、とスピーカーが話した。
「織愛、テニス部の一年波多野くんって、弟くんでしょ」
「いいのよ、そんなの」
 織愛はプレイヤーを自分の手の中に隠して、ついと横を向いた。
 私は、織愛が手の中に隠したプレイヤーの、ボリュームをさっとゼロに下げたことに気づいたが、知らない振りをした。
 スピーカーを通して、織愛の弟くんが話し始める。声変わりを終えたばかりの、青竹のような固さの残る男の声。
「……いいでしょ、その歌」
「ええ、ずっと聞いていられたらいいのに」
 織愛は思い詰めたような眼差しで、本当にいい歌ね、と聞こえない歌について言ってから顔を伏せた。彼女の髪が、見えない証を撫でて、揺れた。

overlay

「わあ、髪の毛こんがらがってるね」
「夢を見てたわ」
「奇遇だね、俺もだよ。ブラシどこ?」
「そこ。……夢って、すぐに忘れてしまうんだわ。もうどんな夢か覚えてない」
「俺は結構覚えてるよ。痛くない? 姉さん最近疲れてるね。仕事、しんどい?」
「平気よ。克彦はどんな夢を見たの」
「俺のは……いつも同じような夢だよ。夢では姉さんにはあまり会えないから、早く夢が終わればいいと思う」
「……今は、毎日いるじゃない」
「うん」
「苦しいわ」
「ごめん、つい。もうちょっとしたら、紅葉を見に行こうよ、どこがいい? 温泉にも入ろうか」
「……旅館の人に……聞かれたら何て言うの」
「何でもいいよ、きょうだいでも、恋人でも、夫婦でも。大事なのは、姉さんがどう思うかだから」
「あなたなんて、生意気な犬よ。しつけ失敗だわ」
「ふふ、好きだよ、姉さん」
「うるさい」

「ねえ、朝ご飯、何?」
「甘いのとしょっぱいの」
「食べたくないわ」
「いいよ」
「克彦はもう食べたのでしょ」
「うん。だから、姉さんが食べるところを見てるよ」
「バカみたい。一緒に食べればいいじゃない」

「姉さん、ベッドから出よ」
「……もう少し」
「寝汚いなぁ……。こんなとこ、他の男にもう見せられないんだからね」
「……意味がわからないんだけど」
「うん、それでいいよ」
「苦しい!」
「だったら起きて」
「あと五分……ン、三分……」
「その間ずっと姉さんの匂い嗅いでようかな」
「もう、そういうの」
「だって、全部いい匂いなんだよ。多分、そういう風に俺の体が全部できてるんだよ。生まれた時からさ」

「……あんた、あっち行ってて」
「そういう意味じゃないってば」
「どういう意味よ。喧嘩売ってるの」
「泣かないでよ」
「泣いてないから!」
「じゃあ、こっち向いてよ」

「……あんた、見過ぎなの」
「姉さんは見なくてもいいよ。俺がその分見るから」
「子供みたい!」
「うん、大人になってもね」

 決めたんだ。
 俺のすべては、あなたのものだよ。

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