恋に花咲く

「しずる、また違うひとと付き合いだしたの?」
「やーね、ただのセフレよ」
 部屋の大部分を占領するベッドの上下にはみ出すほどの長身を無造作に投げ出して、肘を突いて頭を支え、ぺらぺらと漫画雑誌をめくっている、幼稚園からの付き合いの男性を見て、花蓮はため息をついた。
「セフレって・・・なんでいっつもそうなの」
 花蓮としずるは同じ大学に通っている。しずるは大学では有名人だ。はじめはしずるの見た目がひとに関心を抱かせる。花蓮もよく理解していない様々な人種の遺伝子が混じった結果、しずるは神の手による造形美を得た。しずるの父も母もそれぞれルネサンスの絵画にでも出てくるような美男美女だった。彼らは現在日本を離れ、それぞれ別の国で働いている。
 大きな屋敷にひとり残ったしずるは、実家暮らしの花蓮の自室に、我が物顔でやってきて、漫画やお菓子を散らかして帰っていく。
 そんなところは小さい頃から変わっていないのに。
(変わって無いのに)
 いつからだろう。
 しずるの髪を長く伸ばした中性的な美貌が、はっとするほどの男性としての色気を漂わせるようになったのは。今もそうだ。顎から耳へと繋がるラインには一部の隙も無い。
「花蓮こそ、なんでいっつも不満そうなのよ。アタシが誰とナニしてようがアンタには関係ないでしょ」
「関係ないけど」
 呟いて、花蓮はしずるの胸元に小さな赤い点を発見した。
 はた、と花蓮の動きが止まる。
 食い入るように見つめる花蓮の目はそれこそ零れ落ちんばかりに大きく見開かれている。
(キ・・・・・・)
 今までも、しずるが誰かの匂いをさせていることはあった。プレゼントされたものをつけていたり、それこそ残り香をさせていたり。それにしてもこれは酷過ぎる。
「・・・・・・でてって」
「ん?」
「出てって!」
 花蓮はベッドの上のしずるに圧し掛かった。肩を掴んで転がし、ベッドから落とそうとする。けれど花蓮にはしずるは重すぎて、今度は腕を引っ張る。
 そうこうしてもみ合ううちに、花蓮の両手首をしずるが捉えた。
 ぐるりと視界が反転して、花蓮は天井を見上げていた。次の瞬間、しずるが上から花蓮の顔を覗き込んでいた。
「は、放して」
 力を込めても、しずるの手はびくともしない。
 さら、と音を立てて、しずるの栗色の髪の毛が落ちてきて、花蓮の頬をくすぐる。
「正直に言いなさいよ」
「何が!?」
「イヤなんでしょ、アタシが誰かと寝るのが」
「そんなの・・・不潔だからよ!」
「あら、よっぽどアンタはお綺麗なのねえ」
 しずるがにこりと笑った。思わず花蓮も呆けてしまうような、美しい笑顔だった。
 花蓮の注意が逸れた瞬間を逃さずに、しずるは体勢を変えた。花蓮の手を花蓮の頭上でひとくくりにし、枕に押し付け、花蓮の胴に馬乗りになった。
 開いた手で、パチンと指を鳴らした。
「いいこと思いついた。アタシが不潔なのがアンタがイヤなら、アンタがアタシを清めてくれればいいじゃない」
「・・・・・・え?」
「そうねえ、手始めにここから」
 しずるは花蓮の唇に人差し指を置き、柔らかく力を入れた。
 唇は瑞々しい弾力で、しずるの指を僅かに跳ね返す。
 呆然とした表情の花蓮に、しずるはもう一度美しく微笑んだ。

 胸元を見つめる花蓮を、舌なめずりするようににやにや眺めていたしずるを、花蓮は知らない。

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