――連れて行って、時のあなたへ
もう、日焼けの仕方も忘れてしまいました、とあの人は言った。
あの人は、私が、朝な夕なに通る道に、日傘を差して立っていた。
白いレースが作る影の下に、尖った顎と、白鳥のように優美な首を隠した姿、髪を風が揺らす音が、さらさらと川の水面に飛び跳ねる。
私は、夏の日差しが首の後ろにじりじりと焼きつけるのを、ただ我慢して、あの人の通りを行き過ぎる。
毎日は、標識に溢れている。前へ、右へ、左へ。
止まれ、従え、逆らうな、高みを目指せ。
足下には、働き者の蟻が、おそらく働くという意識もないままに、黒い体を連ねて列を作っている。
私と、蟻と、それから某かに負われた者たちが、あの人の隣を通り過ぎる。
私があの人と話したのは、そろそろ夏が終わる夕まずめのことだった。
地のきわが群青になり、天辺から血が降りそそぐような、美しい空を背にして、あの人はやはり日傘を差していた。
「こんばんは」
この時、川は流れるのをやめた。私は、世界の真ん中に閉じ込められ、日傘の下から現れたあの人の双眸によって、曝け出すことを強いられた。それから少し自分の話をした。時が長すぎることや、すっかり昔のことを忘れてしまったこを。
あの人は、かたい皮の剥けた私をじっと見て、
「それじゃあ、影を連れて行きましょう」
と言った。
「どこかへ連れて行って差し上げましょう」
それからの私の毎日は、秋が来て、冬が来て、春が来て、また夏が来て、私の肌は白いまま。
許されて笑わず、許されて悲しまず、時が長すぎて、川の音がさやかすぎて、目は印画紙のように、幾枚もの白黒写真、うち寄せられた逆さまになった日傘が、川面に白い影を残していく。あの人は望み通り、さいわいを、川の流れに捨ててしまった。
あの人が連れて行った私の影よ、お前は今、どこにいるだろうか。